「遊び」を「仕事」にすると決めた理由│僕のこれまでの人生【るにまる】

こんにちは、るにまるです。

本記事では、以下の2点について書いていきます。

・僕「るにまる」が「遊び」を「仕事」にしようと思った理由
・その考えに至るまでの僕の人生と簡単な自己紹介

本記事の前半で、
①簡単な自己紹介
②「現在取り組んでいること」と「これからのこと」
③「遊び」を「仕事」にしたいという考えに至るまでの経緯を説明
基本的にここだけ読んでもらえれば何で僕が「遊び」を「仕事」にしようと思ったか何となく分かると思います。

後半では、前半部分を深掘りして、エピソードなんかも混ぜて僕の生い立ちからこれまでを説明。
かなり殴り書きで、読みにくくて申し訳ないですが、読んでいただけると幸いです。
短編のコラムだともって読んでください。

ためになるような情報は無いですが、同じような境遇・経験がある方に共感していただけるかなーと思います。

是非こんな人に読んでもらいたい

・これからの人生に悩んでいる
・新しい生き方を模索中・実行中
・大きな夢や目標に向かって頑張っている・これから頑張る人
・「遊び」を「仕事」にしたいと思っている人

①簡単な自己紹介

出身→三重県生まれ三重育ち

趣味→旅行、ダンス、カメラ、音楽、料理、ファッション、アメリカ

勉強中→ブログ、SNS、YouTube、映像制作、Webマーケティング

大学→名古屋大学土木・建築系「未来の交通システム」を学ぶ。2019年4月から休学。

性格→基本的に明るい。負けず嫌い。面白いことが好き。

普段はダンスをしてます。Lockダンスというハッピーでピースフルな踊り
24時間アメリカに行きたい脳。学生時代に2度アメリカ旅行に行きました。
卒業旅行で幼馴染で「6D Corp.」メンバーのポポとマルーン3人でアメリカへ。
また絶対にアメリカ旅行をするという約束をした。

②「現在取り組んでいること」と「これからのこと」

・「遊び」・「好きな事」を「仕事」にするためにwebマーケティング系の勉強をしている。

・「こんな生き方してるんだ」と知ってもらうためにSNS・YouTubeを始める。

・2019年はSNS・YouTubeを活用しアメリカの魅力を発信したい。

・将来的には、地元にアメリカンダイナーを出店したい。

・おっさんになったら夢見る若者や人生に悩む人々をサポートしたい。

③「遊び」を「仕事」にしたいという考えに至るまでの経緯

・大学を選ぶとき、興味のある分野ではなく偏差値で大学を決めた

・学生時代、自分に価値を付けるための努力をしてこなかった。

・就活時、これからの生き方について悩む。

・理想のライフスタイルのために自分の力で稼ぐ方法を探す。

・同時期に仕事に悩むポポとマルーンと話し、「好きな事」をして生きていくことを決意。

・大好きなアメリカをテーマに情報発信をしたい。

”国立公園を制覇した日本人”として知ってもらうために行動する。

以上がざっくりとした自己紹介です。
色んな悩みや後悔、これからの人生の不安を払拭するために、全力で「遊び」、「仕事」にしていきたいです。
そして、2人の幼馴染と一緒に遊びながら生きていきます。

ここまでが前半部分です。
後半は、少しでも僕の取り組んでいることや、考えに共感した方に読んでいただきたいです。
人生に悩んでいる方や新しい生き方を探している方に読んで頂き、何かを感じてくれるといいなと思います。

「るにまる」のこれまでの人生について

殴り書きなのでざーっと読み飛ばしてください。

生い立ちから説明していきます。
三重県四日市市の田舎生まれ田舎育ち。

幼稚園の時に「6D Corp.」メンバーのポポ、マルーンと出会う。

小学校では、「陸上少年団」に所属。幅跳びで県大会に出場できるくらいの実力。
「少林寺拳法」も習う。県1位、全国大会に出場し世界大会にも挑戦した。
地元の子供施設でダンスを少し習う。
クソガキだった僕は6年D組の時、一番前ど真ん中の席で先生に見守られながら成長。(隣の席はポポ)
毎日公園で野球をした。思えばメジャーリーグを見ていたのが「アメリカ好き」になったきっかけかもしれない。
このころから、帰国子女のマルーンとよく海外に行きたい、アメリカが好きだなんて話した

中学校では、「野球部」に所属。練習の日々。
頭はそんなに良くなかったが、一度まじめに勉強してみたら学年トップ層に。
何となくそこから落ちるのが嫌で、卒業まで謎のトップクラスを維持。みんなには頭悪そうなのに、って言われてた。
帰り道でポポとマルーンと「アメリカ旅行行こうぜ」なんて話していた。
受験期は柄にもなく真面目に勉強し、県内トップの進学校へ
ちなみに中学校時代は恋愛なんて皆無。
好きな子に顔が黒いから「う〇こ」と呼ばれていた話は秘密。

高校では、坊主が嫌・勉強する時間が取れないとの理由で、野球部と迷ったあげく「ハンドボール部」に所属。
県内トップクラスのチームだったため、刺激的だった。県代表として東海大会に出場することもできた。
高校時代の大きな分かれ道だったのは、1年生時の骨折。これで4カ月くらいまともに部活ができなかった。
ちなみにこの時一気に勉強の意欲も低下。当時は京都大学を目指してた。
なんやかんやで塾に通い、恋愛も部活も勉強もそこそこ充実したし、なんといっても学校の環境が良かった。
高校時代の友人はみな、優秀で面白い。とにかく面白かった。今でも刺激をくれる仲間だ。

大学受験。当時は千葉大学でデザイン系学科・もしくは横浜国立の建築学科に行きたかった。
そこで勉強すれば、自分の「好きな事」を学べると思ったから。
面談にて先生から「もっと上のレベルを目指そう」と言われ、しぶしぶ、名古屋大学を受験。センター推薦で合格した。

今思えば、あの時に「好きな事・興味があること」で大学を選んでいたら全く別の人生になってたんだろう。
ブログを書いたりYouTubeしてみたりなんてありえなかったのかも。
あの時の選択は変えられないので、今の人生を実りあるものにするだけ。
ちなみにこのころはマルーンとはよく会っていたが、ポポとは全く会う機会はなかった。
正直、ポポの存在は僕の中で薄れていた。

大学1年時、ザ・大学生の生活。
ハンドボールサークルに所属し毎度の飲み会を楽しんだ。
授業もそこそこって感じでこなしてた。暇さえあれば「ツムツム」してた。
LINE友達の小さなコミュニティの中で一位になろうと必死だった。ちなみにピグレットを使ってた。

そんなくだらない生活を変える大きな出来事。
2年になる直前、携帯水没。LINEデータが飛ぶ。ツムツムのデータ飛ぶ。人生ツムツムな事件。
人生かけてやってたことがなくなり、突然、小学生の頃に習っていたダンスを始めることを決意。
ダンスを本気でやりたいと思って、大学のダンスサークルに入った。
東海圏で上手な人が集まるサークルだった。必死に食らいつこうと思って、毎日5~6時間ダンスしてた。
今ではそこそこレベルまでにはなって、全国大会に出場できるくらいに。
サークルで出会った人や、ダンスイベントを通じて大学や世代を超えてたくさんの知人ができた。
間違いなくダンスを始めて学生生活が充実した。
あのままツムツムを続けてたらと思うとゾッとする。

ポポとの再会は大学1年夏、免許センター。
偶然の再会に感動しつつも、何を話していいのやら。
とりあえずマルーンに連絡して、今度遊ぶ約束した。

取得したての免許で伊勢神宮に行ったのが、初めての3人での旅行。
これがきっかけで定期的に旅行行ったりするようになった。

ポポと二人でカンボジア・タイに行ったし、マルーンと二人でアメリカに行った。
タイミングが合わず3人で海外に行けなかったが、卒業旅行でアメリカに。
小学生の時から話していた「夢」が叶った。
3人巡るアメリカは本当に楽しくて、終わらないでくれって感じで。
僕は大学院、二人は社会人になる。憂鬱だった。
また3人でアメリカに行こうという約束をした。

そして大学院に進学。こちらも成績優秀なので筆記試験免除で合格。自慢。
「未来の交通システム」について考える研究室に所属。分野的にも興味があり、未来を創るのってかっこいいと思ってた。
土木学科では珍しくがっつりプログラミングを勉強した。
この経験もありIT系の会社に就職したいと思うようになった。

そして、就活が始まる。

ここからが今やってることに直結する内容。

就職活動を通して、「仕事」「生き方」について深く考えるようになった。

・やりたいことで選ばなかった大学。
・進学校から旧帝大、そして大企業に入るのが良しとされる風潮。
・60歳過ぎまで会社という組織に縛られる不安。
・自分に誇れる実績・スキルがない。
・堅苦しいルールに縛られた就職活動。

様々な要因から、就活自体嫌だし、自分はこれからどう生きていけばいいのか真剣に考えた。

一度は、福利厚生よくてほどほど休めて、家庭持ってのんびり暮らせばいいやなんて思った。
でも、やっぱりそれは違うなと思った。
同じような日常を40年間も続けたくないし、絶対に面白くない。
なんなら、長期間の旅行に行くなんてもうできないかもしれないと思った。

社会人1年目のポポ、マルーンも同じように、今の仕事一生続けてたら気づいたら死ぬ、アメリカに3人で行くのも厳しいって考えてた

僕はとりあえず休学して東南アジアで英語勉強しつつマーケティング、プログラミング、映像技術の勉強でもして自分の価値を高めようと思った
ひたすら長期インターンを探した。
でもこれって、結局どうなん?

自分の価値高めて起業したり、フリーランスとして生きていけるようになったとしてもそれってやりたいことなん?

第二の悩み期である。

長い人生、好きな事をできるだけ多くやりたい。

個人の力で稼げるようななったとしても、それはやはり「仕事」なんだと思った。

自分が好きな事で生きてゆきたい。

これが答えだった。

自分が好きな事「アメリカ・海外旅行・料理・ファッション・カメラ・ダンス」

これを全部本気でやって生きていきたい。

休学してどうにかして好きな事で生きていく方法を考えようと思った。
まずはブログやSNSをやって広告収入なんかで稼ごうとか考えてた。

同時期にマルーンは会社を辞めて好きな事で生きていくことを考えていた。
ポポも含め3人で会うときはいつもそんな話になっていた。
結果、「もう一度アメリカに行きたい、もうそれを仕事にしちゃえ」ってなった。
もちろんそれ以外にもちゃんとお金を稼ぐ方法とか話したけど。笑

今の時代はありがたいことに、SNSやYouTubeなどのサービスが充実している。
そういうの駆使して本気の遊びを仕事にしよう
そして、誰よりも遊んで、憧れのおっさんみたいになっていこう。
いつかは自分たちみたいに人生に悩んで、新しい道を切り開こうとしている若者をサポートしよう。
それが目標になった。

そこから、僕はSNSやブログ、YouTubeのことを学んで、情報発信していこうと考えた。
今はその勉強の最中。
何も始められず会社勤めになる前に、ワンクッションおいて自分を見つめ直せたことが本当にラッキーでした。

2019年は「好きな事」を通して自分の価値を高めていく勝負の年です。

以上です。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
殴り書きしたので少々伝わりにくいかもしれないけど、僕がどんな人かは何となくわかったかと思います。

人生を変えたくて何かを頑張っている方、一緒に頑張りましょう。

人生に悩んでもがいている方、一緒に一歩踏み出しましょう。

では今日はこの辺で。

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